Short Story…





Short Story No 13
夜空



ある男がいた。
彼は、部屋の窓から、夜空を見上げる。
昼間に雨が降ったせいか、空気は湿り、強い冬の風が彼の髪を揺らす。


彼は両手を組み、祈るような姿勢で、神と話していた。
愛くるしく優しそうな目は閉じられ、小さな声で何事か神に話していた。
彼はクリスチャンではなく、神を盲目的に信じているわけでもない。
彼の神とは、ただ、小さな心の拠り所としての存在でしかなかった。

ただ、ここ数日の間に彼の環境は変わった。
変わってしまったというべきかもしれない。

ここ数日、彼に起こった出来事は、数多くの災難だった。
しかし、彼にではない。
彼の身近な存在の全てに、だ。

彼の両親が交通事故で、亡くなった。
殺されたというべきだろう。車で轢かれ、死んだのだから。
彼の両親に過失はない。横断歩道を渡っている最中に
信号を無視し、突進してきたトラックに轢かれた。
彼の父親は、15mほど飛ばされ、彼の母親は、タイヤで潰されアスファルトで頭を削られた。

彼の恋人が自殺した。
理由は良くわからない。彼は恋人の遺書を読んでいないのだから。
ただ、恋人の死体は死後しばらくして自室のバスルームで発見された。
目新しいニュースでなかったのか、
翌日、新聞の隅に小さくその記事が載っただけだ。

彼の家で飼っているペットの犬が、死んだ。
特に病名はない。
高齢だったことを考えれば、天寿だったんだろう。

彼の友人が、2人行方不明になった。
理由はわからない。
生きているかどうかも。

彼の会社の社長が、脱税で逮捕された。
何年も前から行われていた不正で、極めて悪質なものだ。

彼がよく昼食を食べに行く店が火事になった。
火の勢いは強く、消防隊員がその火を鎮火した後には、その店はほぼ全焼。
隣接する建物二棟も、半焼という有様だった。
放火らしく、犯人はまだ捕まっていない。


彼の声が聞こえる。彼が神に話した言葉は殆どが
風で掻き消され聞こえなかったが、最後の言葉だけは、小さく、聞いてとれた。

「神様、ありがとう。僕の望みを、全て叶えてくれて」

彼は組んだ両手を離し、夜空を見上げるため目を開いた。
愛くるしく優しそうな目は、灰色の夜空を捉える。
その夜空には、雲がかかり、星一すら見ることはできない。




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