Short Story…





Short Story No 30
狩り



眠るのがもったいない。
ノートパソコンの眩い光が、暗い部屋で怪しく光る。
鳴り続けるのは、心地よいファンタジックな音楽。

彼は、MMORPGに夢中だ。虜といってもいい。
陰鬱な性格のせいか、現実に不満を多く抱えていたのかは知らない。
このゲームが、彼の性に合っていたといえば、それまでの話。

彼の左手は腱鞘炎を併発している。それでも、別に構わなかった。
病院に行こうともせず、一日中ノートパソコンの前に座り込んでいる。
彼のノートパソコンのキーボード部分は、連打しすぎたせいか、何箇所か壊れている。
その壊れた箇所は、ゲーム以外では、ほとんど使われないキーだ。
だが、彼にとって、そのキーが使えないことは苛立ち以外の何者でもない。
故に、彼は、USBのキーボードを使っている。


彼の親は、もう、彼と話をすることもなくなった。


仮想の世界で、多く人間が自分をキャラクターという名の殻でコーティングし、
様々なコミュニティを作る。
彼も例外でなく、もう一人の自分を作り、
多くの時間を、仲間と共にイベントや狩りで過ごす。

何より彼にとって嬉しいことは、レアカードを手に入れること。
手に入れたそのレアカードは、たちまち自分への賛辞の声に変わる。
その満足感、陶酔感は、たまらない。

罵られ、罵倒され、疎外され、孤独だった。
少しも楽しいと思えなかった現実と違い、ここでは彼は名が通ったプレイヤーだ。
装備だって他のプレイヤーから見れば涎もの。
そして、彼はギルドのリーダー。
リーダーとして立場故の不満もあるが、責任感や、
頼られているという感覚は悪いものじゃない。
また、同じギルドメンバーとの会話は、彼を楽しませ、鬱積を晴らしてくれる。

共同での作業が連帯感を生み、新たな仲間を作る。
雑魚を倒し、ボスを懸命に追う。
更なるレアカードや、装備を手に入れるために。

だから他の誰かに、倒そうとしているボスを横取りされるのも気に入らなければ、
一瞬のラグだって許せない。

メンテナンス以外で、サーバーキャンセルにでもなろうものなら、
歯軋りをし、モニターを睨み付け、何度もログインを繰り返す。
彼の目は充血し、目の下は、どす黒い隈で彩られている。


食事をインスタントで済ませ、
机の上にコーヒーと栄養ドリンクを何本も配置し、準備は万端。

彼はIDとパスワードを打ち、ログインする。
手馴れたものでキーボードが瞬時にその文字を叩き出す。

ギルドメンバーは、すでに揃っており、なにやら会話をしている。
彼はログを読み直し、会話に参加する。
同じギルドの中にはもう3日も寝てない者だっている。
それに比べればと、彼は苦笑し、会話を楽しむ。
そして、今日はレアカードが出るようにと祈り、ギルドのメンバーと狩りに出かける。

彼は懸命にマウスを操作し、キーボードを叩く。
どれくらい時間が経過しただろうか?

不意に、外から、悲鳴が聞こえた。
女の声、その距離は近い。
続いて、男の怒号も聞こえ、鈍い音。
泣き叫ぶ女の声がさっきよりも一段と大きな声で聞こえる。

その声は助けを求めていた。
窓から確認すれば、はっきりとその光景が見えるだろう。
しかし、彼は、その場から動こうとしない。
一心にモニターを見つめ、キーボードを懸命に叩く。

叫び声は続いている。鈍い音も。
彼は、不機嫌そうに、小さく口を開き

「うるさいな、こっちも狩り中なんだよ」

そう、独り言を呟く。
悲鳴は、まだ聞こえている。




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