Short Story…





Short Story No 37
タクシー



少しだけ、気になることがある。
別に、大したことじゃないのかもしれないし、
私の思い違いかもしれない。
でも、やっぱり気になる。
小さな心配事も、いくつか重なることで、大きな不安になる。
でも、口に出すのは憚られる。

さっきから、ずっと喉が渇いていた。
私は、カサカサの唇を少し舐める。

何かを飲みたくても、今はタクシーの中。
だから何も飲むことができない。
こんな時に限って、いつもバックの中に入れてあるミネラルウォーターや、
必要なものがない。
いつもなら、ちゃんと持っているのに。

この人は、運転が荒い。
なにか積んであるのか、ブレーキのたびに、車のトランクの中の物が揺れ、
鈍い振動音がする。
何を積んでいるんだろう。
でも、なんとなく想像がつく。

それが、とても怖い。

この人は、ルームミラーで私の顔ばかり覗き込んでくる。
もう、降りたかった。
信号でもあれば、このタクシーから降りることができるのに。

私の家から勤めている会社までは、電車で1時間。
今日は終電を逃してしまい、仕方なくタクシーに乗った。
どこか格安のホテルや、友達の家に泊めてもらえばよかった。

でも、もう遅い。

今は、山道を走っている。

「こっちの方が近道だからね」

運転手はさりげなく、そう言っていた。
私は、当たり障りのない答えを返し、窓の外を眺めて
眠った振りをすることにした。
そうすれば、これ以上顔を見られることも、話しかけられることもないはずだから。


心配事は4つある。


1つめは、タクシーには運転手の名前と顔を表示するネームプレートがある。
そのネームプレートの顔と、運転手は全くの別人だということ。
でも、この運転手が間違えて別のタクシーに乗った。
ただ、それだけなのかもしれない。

2つめは、シャツについている少量の血みたいなもの。
でも、もしかしたら、運転手が鼻血を出したのかもしれないし、
ケチャップでもこぼしたのかもしれない。

3つめは、トランクの中身。
まるで、人でも積んでいるみたい。
でも、私の思い込みかもしれない。

そして、4つめ。
このタクシーが、私の家とは別の方向に向かっていること。




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