Short Story…





Short Story No 42
クレーム



男は先ほど購入した弁当の蓋を開ける。
その安っぽいプラスチックの蓋を開けると惣菜の香りに加え、
据えた臭いが鼻をついた。

見ると、中には、大きな虫が一匹。
白米の上で、苦しそうに蠢いている。

空腹だった男は、その弁当を食べるか食べまいか
一瞬だけ躊躇した後、食べるのを諦め、
購入した店に苦情を言うことに決めた。

日頃から、ストレスが溜まっていた。
毎日毎日同じような仕事の繰り返しがその原因だろう。
そのストレスが、男の足を早める。
男は駆け出していた、その店に向かって。


自動ドアが開き、威勢の良い掛け声が、店内に響く。
他に客はいない。

男は開口一番、大声で怒鳴り散らした。

「ふざけるな、何だこの弁当は」

事情を知るわけもない店員は、何事かと男をみつめる。

「どうかなさいましたか?」

先ほどまでは気にならなかった、その店員の顔が無性に憎らしくなり
男の声は、更に大きくなった。

「この店の衛生管理はどうなってんだ?おい」

店員もようやく、何事か理解し、男の意思を汲み取ろうと慇懃に質問する。

「私どもの商品に、何か不手際でもございましたか?」
「ございましたか?じゃねぇ、見ろ」

男は勢いよく、先ほど購入した弁当を店員に見せる。
先ほどと殆ど変わらない状態で、白米の上に虫はいた。
さっきと違うところは、虫が、死んでいたことだけだ。

男は、怒りをあらわにしながらも、内心、少しだけ優位な気分だった。
面と向かって怒声をぶつける相手など、彼には存在しないからだ。
そして、この店員が何と弁明し謝罪するかも、彼は楽しみだった。

相手の謝罪に、なんて言ってやろうか?
どう怒鳴ってやろうか?
男は怒りの表情を浮かべたまま、少し冷静に考える。

店員は、頭を深々と下げ、心底申し訳なさそうに、

「誠に申し訳ありませんでした。すぐに調理の者を呼びますので、
そこにかけてお待ちいただけますか?」

そう、お決まりの謝罪の言葉を告げ、厨房のドアを開ける。

ターゲットが変わることは、いささか残念だったが、仕方がない。
男は、待合用の椅子に深々と座り、足を組んだ。


厨房の中で店員は、調理担当者に話しかける。

「クレームきてますよ。虫が入っていたって」
「はぁ?虫?嘘だろ?で、その虫死んでたか?」
「わかりませんけど、多分、死んでました。」
「そうか」
「殺虫剤の量、少なかったんじゃないですか?」
「だろうな、あんな奴がいるから、弁当にもかけるようにしたっていうのに」
「次から、もう少し増やします?」
「そうするか」

その声は小声で、男の耳には届かない。
そして、聞こえない。




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