Short Story…





Short Story No 61
携帯



携帯は本当に便利な道具だ。
その名前の通り、常に携帯している。
今では携帯が無ければ、友人に電話することも困難だ。
何しろ番号すらわからないから。

二つ折りの携帯を開き、ディスプレイを覗き込む。
俺は、指先でボタンを適当に押し、メニューを確認する。
今日始めて使う携帯だ。使い心地は中の上といったところ。
アドレス帳を確認する。メールアドレスや住所がきちんと
入力されているかどうかを確かめるためだ。
特に問題はないように思える。

次に、メールボックスを開いた。受信フォルダの殆どが
彼女からのメールで埋められていた。
最新のメールは5分前。
マナーモードにしていたから気がつかなかったんだろう。

{今日何してるの?暇だったら逢わない?}

彼女のメールを見て、少し考え、メールを返信する。

{いいよ。用事があるから、駅で待ち合わせでもいい?
よければ、20分後で}

すぐにメールが届いた。

{いいよー。逢うの久しぶりだね。すっごく嬉しい。}

{なら、ミスド前で。この前おいしい店見つけから、そこでご飯でも}

時刻は、午後7時10分、8月の今日は、まだまだ明るい。
俺は、駅に向かいゆっくりと歩く。
歩いている途中、携帯が振動する。

サブディスプレイには、公衆電話と表示されていた。
とる必要もないと考え、携帯をポケットに戻し、また歩きだす。
ろくな用件じゃないってのはわかりきったことだ。
しばらく震えていた携帯が止まった。

面倒だ。

俺は、携帯を開き、非通知と公衆電話の着信を拒否に設定した。
そのままデータフォルダを開く。
海の写真、水族館の写真、料理の写真、携帯は本当に便利になった。
今じゃ、クレジット機能まで使える。
どこまで進歩するんだろうか。

駅のミスドに着いた。腕時計を見る。
時刻は、午後7時25分。まだ少し早い。
俺は、ミスドに入り、コーヒーを注文し、窓際の席に座った。

しばらくして彼女が到着した。
彼女は、小さなハンドバックから、携帯を取り出し、耳に当てる。
案の定、俺のポケットの中の携帯が震えた。
俺は、それを無視し、コーヒーを啜る。

何度か着信があったが、全て無視した。
業を煮やした、彼女はメールを打ち始める。
1分もしないうちに、メールが届いた。

{着いたよー。どこ?}

面白くなった俺は、笑うのを堪え、返信する。

{ごめん、急な用事で少し遅れる。そのまま待ってて}

彼女は、どのくらい待つだろう?
俺は、また、コーヒーを啜る。


しばらく時間がたった。
時刻はもう9時を回ろうとしている。
彼女は、俺にまだ気づかない。

{ねぇ、どこ?まだなの?}

そろそろ、いいだろう。
俺は返信する。

{やっぱり今日無理、帰っていいよ}

すぐにメールが届く。

{連絡遅すぎだし。待ってた意味ないよ、最悪}

{うぜぇよ。用事入ったから仕方ないだろ。しつこいし
そういうとこさ、前から嫌いだったんだ。今日はもう帰って}

返信を見るのも面倒だ。俺は、携帯の電源を切る。
これで、彼女がメールを返信しても見なくてすむ。

彼女は、メールを見ると、眉間にしわを寄せる。
メールを打とうとしていたが、すぐに携帯を閉じたのを見ると、
返信はしなかったんだろう。

俺は、ゆっくりと立ち上がり、トレイを返し、外に出る。
彼女の反応が、楽しみだ。
俺は、笑顔を作り、彼女に声をかける。

「今、お暇ですか?」


携帯は本当に便利な道具だ。
拾った携帯は、特に、便利だ。



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