Short Story…
Short Story No 88
陸上
喉が乾き、焼ける。
心臓が爆発しそうに騒ぎ、肺は悲鳴を上げる。
足の感覚は、もう、ない。
止まりたい、この足を止めたい。
だが、走る。
白い息を吐き、走り続ける。
どこにこんな力があっただろう。
忘れていた感覚、感触。
大人になり、走る機会は減った。
全力で走るなんて、皆無に近い。
昔から、足は早い方だった。
小学生の頃から、マラソン大会では、よく上位に入賞してた。
陸上部だったから当然といえば当然なのかもしれない。
高校に入学し、何ヶ月かが過ぎ
走るのをやめた。
馬鹿らしくなった。
全力で走る人間なんて、くだらないと思った。
走ってどうなる?
楽しみを感じることより、苦痛を感じることが増えた。
自分より足の速い人間なんて、いなくなればいいと願った。
全てに感じる虚無感。
走るのをやめた。
高校を辞めた時から、今まで、ずっと。
だが、今、走っている。
白い息を吐き、力の限り、走っている。
どこまでも走れそうな陶酔感、脳はもう、考えるのをやめた。
しばらく走り続けた。
どのくらい走っただろうか。
煙草の煙で薄汚れた肺、運動不足で衰えた筋肉。
限界を感じ、足を止めた。
心臓に負担をかけぬよう、ゆっくりと。
ビルとビルのわずかな隙間に座り込む。
急激に襲い来る疲労。
足が、小刻みに震えている。
だが、充実していた。
心地よさを、苦痛の中から生まれる爽快さを感じる。
肩で息をしながらも、久しぶりに、走ることの、楽しさを、
彼方へと捨ててきた純粋を、思い出した。
少し休んだらまた、走ろう。
警察に捕まるわけには、いかないから。
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