Short Story…





Short Story No 93
人のため



「さっき、人のためになることをしてきてやったよ。
まぁ、大したことじゃないし、自慢できるようなことでもないんだけどさ。
良心っていうか、むしろ罪悪感みたいなのが働いてさ。
さっきって言っても、ここに来る途中の話なんだけどさ、
俺、人を撥ねたんだよ。


そんな顔するなよ、まぁ、聞けって。
そいつ、赤信号だっていうのに、堂々と渡ってきたんだぜ?
えぇぇぇぇって。信じられないだろ。
で、撥ねる直前のそいつの顔がヤバイの。
俺、目が合ったんだよ。そいつと。
いや、スピードとか出してなかったからさぁ。
たしか、70kmくらいだし。
ま、顔見たの、一瞬だったんだけど。
そいつさぁ、気持ち悪いくらい笑っててさ。
怖いくらいだった。うん、あれは怖いな。写メっとくべきだったか。
まぁ、とりあえず、車降りてそいつ見たら、
倒れてる顔も笑顔。ってか、すげー笑ってたんだ。
頭からすげー血出てるし、痛いはずなのに。
あぁ、こいつ、多分、死にたかったんだろうなって。
なんとなく、ありがとうって言ってたような気もするし、
悪いことしたんだろうけど、結果的には、いいことだったと思う。
いや、ホントは携帯で救急車呼ぼうかと思ったんだけど、いや、マジで。
そいつ見たら、息してなかったから、あぁ、もういいやって思ってさ。
呼んでも無駄だろ?死んだんだし。
そいつも、多分望んでただろうなって。
で、警察、どうしようか考えたんだけど、あいつは死にたがってたんだ。
なんて言っても、どうせ、信じてくれないだろ?
なら、捕まりたくもねーし、もう連絡しないでいいかって思ってさ。
で、とりあえず、この道を車で通る奴のために、
そいつの死体?あ、遺体?まぁ、どっちでもいいけど、
それをさ、道路から、歩道に移動させてやったよ。


いや、まぁ、それも人のためだけど、そんなのじゃなくてさ。
お前、ドナーカードって知ってる?
あれだよ、あの、死んだ時に臓器を誰かにやるみたいなやつ。
そうそう、それ。
俺さ、それちょうど持ってたから、そいつの財布に入れといてやったんだ。」



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