Short Story…




Short Story No 279
目的地



女の子に声をかけられた。
その子は困り果て、今にも泣き出しそうな顔で僕に道を尋ねた。
あぁ、その道ならと説明しようとしたが、
その子の目的地は入り組んだ道の先にあり、辺りも暗くなってきていた。

あの辺なんだけどと、僕はまず大まかな方角を伝える。
何度か複雑な道を通らないといけないことを告げると、
その子はもっと困った顔。

近くの駐車場に車を停めたばかりだったし、
ちょっとした用事もあったけど別に急ぎってわけでもない。
僕は目的地まで車で連れていこうかどうしようかと迷っていると、
1台のパトカーが目の前を通り過ぎ、Uターンして僕らの前で止まった。

無理もない。
ニットキャップにサングラスに黒い服という見るからに怪しげな僕と、
泣きそうな女の子の怪しいツーショトだ。
僕が逆の立場でも、多分声をかける。

パトカーから降りてきた2人の警察官に事情を聞かれ、
僕は少し狼狽しながらも、この子に道を尋ねられたのだと説明する。
訝しげな顔の警察官も、女の子と僕の話に食い違いがないことで、
事件性は無いと判断したのだろう。
この辺はちょっと迷いやすいからねと、僕らに笑顔を見せた。

結局、優しそうな顔をした方の警察官の提案で、
女の子はパトカーで目的地まで送ってもらえることになった。
ようやく女の子の顔に笑顔が浮かぶ。
パトカーの後部座席に乗り込む前、女の子は僕に深々とお辞儀をしてくれた。

僕は笑顔で手を振りながら、少し複雑な気分。
女の子を乗せたパトカーがゆっくり遠ざかっていく。
僕が連れて行こうとした目的地と違う場所へと向かい遠ざかっていく。






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