Short Story…




Short Story No 293
小さな浮き輪



真夜中の帰り道、あまり通りたくはなかったけれど、
近道のためと、狭く薄暗い小さな橋を渡っている途中で不意に違和感を感じた。

立ち止まり辺りを見渡すと、川に小さな浮き輪が浮かんでいるのが見える。
街灯はなく、暗くてよくは見えなかったけれど、
アニメのキャラクターがプリントされているのが見えた。

深夜で心もとないとはいえ浮き輪程度でびくびくする自分の気の小ささに苦笑する。
なんでもない違和感の正体に胸を撫で下ろしゆっくりと歩き出す。
橋を渡りきろうとした所でふと、ひとつの疑問がわいた。

どうして浮き輪があるんだろう?

誰かが捨てたのなら納得はできる。
ただ、わざわざ浮き輪を膨らませる理由がない。
まだ随分と肌寒いけれど、泳いだんだろうか?
もし泳いだのなら、どうして浮き輪を放り出したまま家に帰ったんだろう。

小さい浮き輪を使うのは、きっと子供だ。
浮き輪を使う理由は、あまり泳ぎが得意ではないからだろう。
嫌な想像が頭を過ぎる。

もしかして、ここで溺れてしまったんじゃないだろうか?
人通りの少ない小さな橋。
助けを呼ぶ声は、きっと届かなかった。

いや、そんなことはないだろうと想像をかき消す。
さすがに、まだ泳ぐには早すぎるし、泳ぎたいと思えるほど澄んでもいない。
それにここは、あんな事故があった場所だ。

あぁ、そうか、もしかしたら献花のつもりしかもしれない。
花束やジュースの代わりに浮き輪。
溺れたあの子供のために。

子供?いや少年か。
それにあれは、事故でもなかった。





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